香味を楽しむお茶の時間
文・甲斐みのり
写真・大段まちこ
香味を楽しむお茶の時間
お茶処・静岡で生まれ育ったこともあって、お茶そのものやお茶の時間が、いつでも身近なところにあった。
住むまちの中心部から少し外れた小高い山の一面には、のびやかに広がる富士山と向かい合わせで緑色の茶畑が広がる。
地元の中学生たちは新茶の時季になると、若々しい茶葉の香りに包まれる茶摘みの野外学習に出かけるのを楽しみにしていた。
当時、お茶農家さんから話を聞いて驚いたのが、緑茶もウーロン茶も紅茶も、すべて同じお茶の木から摘み取った葉ということ。
木の種類や栽培法、加工の仕方や発酵の度合いによって、色・香り・味が変化すると知った。
元はみな同じ木や葉と認識したことで、むくむくとお茶への興味が湧き上がり、緑茶・紅茶・中国茶の歴史や産地、基本的な作法・茶器・お茶菓子について記された本を図書館で借りて読み始めると、どんな時代も国やまちの文化がお茶とともにあるとわかり、お茶をとりまく何もかもがおもしろく思えた。
今私が国内外ともに旅に出ると、訪れた先で必ずその土地に根付くお茶を買って帰るのは、少女時代までのお茶にまつわるさまざまな体験や習慣からだ。
無類のお茶好きである母は、朝晩の食後や休日のおやつの時間、家族そろってお茶を味わうひとときをとても大事にしていた。
食事が済むと早々に食卓を離れ、リビングや自室に向かう私を、母は「お茶淹れたよー」と大きな声で呼び戻す。
「食事のあとにお茶を飲むと気持ちが切り替わる」というのが母の思い。
確かに数口でもお茶を味わうと、寝起きでぼんやりとした頭がしゃきっと冴えるし、疲れた日でもリラックスして夜を過ごせる。
つい先日もこんなふうに、多様なお茶を味わえる旅先のティールームで、私はアールグレイティー、友人はホワイトティーを口に運びながら、お互いに忘れられない家族とのティータイムの思い出を語り合った。
わが家のキッチンには、日本各地、世界各国のお茶を集めた棚がある。
自分で買ったり、おみやげにいただいたり、ストレートからブレンドまで、種類もいろいろ。そこから、朝、昼、おやつ、晩、眠る前と、好きな時間に好きな味を選んで、一日に何度もお茶を楽しむ。深い旨味、まろやかな甘味、なめらかな渋味、みずみずしく華やかなフルーツの香り、ふんわりやさしく心がほどける香り。
豊かな香味とともに、なじみの場所から見知らぬ土地まで、詩的な情景が浮かんでくる。
それぞれのお茶が土地土地の記憶を抱えて、私の元へと辿り着いた。変わらない日常の中でも、どこかへ旅しているような、外の世界に連れ出してくれるのがお茶のいいところ。
そうして快い香りに包まれながら、またいつかその土地でお茶を味わう自分の姿を思い描く。
文・甲 斐 み の り
写 真・大段まちこ
2023年9月号(C)宝島社